四十九日まで毎週日曜日に家族だけでお参りをするつもりだったのですが、突然、僧侶が訪れました。
初七日はお参りに来て、その後は四十九日までお参りに来ないと聞いていたのに、記憶に残っていなかったようです。
お参りをして、いろいろな話をしました。
僧侶と趣味が重なっていることもあり、その話もしたし、母の亡くなった翌日に伯母さん(父親の実家の兄の妻)が亡くなった事とか、話がつきませんでした。
お布施は、普通の月参りと同額で良いということでした。
以前は月命日のお布施は2000円だったのですが、最近は3000円にしてたので、5000円包みました。
父親が亡くなった時の出金記録を見ても同様でした。
後でネットで調べると、初七日のお布施は、葬儀のお布施とは別に3万円とか5万円とか包むと説明されていました。一般的にどうなのかは不明です。
父の実家の伯母さんが亡くなられていた
夜に、父の実家(従妹)から電話があった。
偶然にも、父の実家の伯母さん(父の兄の妻)が、母親が亡くなった翌日に亡くなり、今日、葬儀が終わったとの事だった。
従妹も、今日の朝刊を見て初めて知って、びっくりしたとのことでした。俊もびっくりしました。
父の実家との関係は決して悪いわけではないのですが、お互いに声をかけないで、葬儀を終えたことになります。
葬儀が終わってからおくやみ欄を出すことにしたことも同じ対応でした。
父の実家と俊の家とは同じ僧侶なのですが、父の実家は別の僧侶にお願いしたと言っていました。
檀家になっていたお寺の住職に葬儀の僧侶は1人でお願いしますと言うと、一人ではできないと言われたので、お断りして別の僧侶(葬儀社の紹介だと思う)に頼んだとの事でした。
同じ住職なのに、俊の家に対してとは違う対応だったようです。
父の実家は従妹の旦那さん(養子)も亡くなっていて、女世帯になっていたので舐められていたのだと思います。
父の実家は檀家だったけど、俊は檀家になることは拒んでいた事も関係したのかもしれません。
ちなみに俊は母親が1月に入院してから父の月命日の僧侶のお参りを断っていたのですが、父の実家も、1年ほど前から月命日の僧侶のお参りを断っていたとの事でした。
父の実家は家族葬専門の「ゆうか」で葬儀したとのことですが、一休さんの米永葬祭より高額だったようです。
俊の場合は、途中で引越ししてきたものあり、近所との付き合いは、それほど濃くなく、お悔やみ欄に掲載されるまで、母親が亡くなったことは近所の誰も知らなかったのですが、父の実家は昔からの旧家なので、近所の人は伯母が亡くなられた事を知って、多くの人が家族葬にお参りに来られたそうです。
30分以上、従妹といろいろな話をして、お互いに香典のやり取りはしないでおくことにしました。
それとは別に、今度、従妹の顔を見に行きますと言ったら喜んでいました。
翌日、父の実家の伯母さんのおくやみ欄の掲載があって、叔母さん(母の妹)から電話があって、びっくりしたと言っていた。
母親の告別式
告別式の開始時間13:00の1時間前には式場に待機するようにと指示があったので、早めに式場に入りました。
1番最初に入場できたので安心しました。
間違えて重複して出したと思われる香典は、伯母さんの家の近所に住んでいて、普段から交流のある従兄から伯母さんの娘さんに返却してもらうようにしました。
前日に会葬御礼を渡しそびれた親戚に会葬御礼を渡しました。
基本的には前日の通夜の列席者と同じだったのですが、母の知人がおいでない代わりに親戚の娘さんが列席してくれたので列席者は合計18人でした。
告別式の少し前に僧侶に挨拶に行き、お布施と法名料を渡しました。
普段からなじみのある僧侶で趣味も似ているので、いろいろな話をしました。
今後の法要の日程の説明がありました。
四十九日までの毎週のお参りは家族だけでお経をあげる事にしました。
四十九日は、お寺の住職がおいでる予定だと言われましたが、できれば今まで月命日に来てくれていて通夜と告別式をしてくれた僧侶にしてほしいと本人に言うと、1週間延期になる12月20日に四十九日の法要をすることになりました。
四十九日は遅くても良いそうです。
四十九日の日に納骨をする場合も多いという事だったのですが、積雪があったらどうなるのでしょうかと聞くと、納骨は積雪が終わる春にしても良いと言われました。
月命日はどうするって聞かれたので、月命日は母親がしたいからということでしていたけど、自分は信心深くないので、月命日はしませんと伝えました。
僧侶は笑っていました。今は信仰心が少ないけど、年を重ねるといろいろと思うところが出てくるかもしれないよって言っていました。
告別式のお経はそれほど長くはなく、僧侶が正信偈をあげている時に参列者の焼香がありました。
その後、電報の読み上げ、喪主である自分の挨拶をして告別式が40分ほどで終了しました。その後、みんなで棺桶に飾ってあった生花を添えました。
葬儀社の担当の方から中陰のお経は別の部屋(少し大きい部屋)に移って行いたいのですが、よろしいですかと聞かれました。
今まで使っていた部屋に急に次の通夜が入って、その準備を先に行いたいという事でした。
特に問題ないので了解しました。
男性の列席者みんなで手をかけ棺桶を搬送車に入れ、火葬場に向かいました。
搬送車には喪主と、もうひとり親族が乗って、残りの参列者はマイクロバスで金沢市東斎場に向かいました。
喪主が遺影を持ち、もうひとりの親族は法名立てを持ちます。
通夜にも告別式にも参列した人は全員が火葬場に向かいました。
火葬場でも僧侶のお経があって火葬が始まりました。火葬には70分かかるということでした。
すぐに、骨壺を選ぶよう案内されました。
金沢のお墓だと、それほど大きな骨壺が入らないので、大きさは最初から決まっていました。
分骨をするのか聞かれたので、分骨はしないと答えました。
分骨する場合は小さい骨壺も必要になります。
骨壺を入れる袋は選べるので、ピンク色の華やかな袋を選びました。
みなさんが待っているロビーに行きました。
ロビーでは待機時間に飲む飲み物の注文を受けていました。
お菓子はいっぱい出されていました。
火葬場のロビーでは、お菓子は持ち込み可能ですが、飲み物は持ち込み不可です。
ロビーでは参列者とたくさん話せました。本当にいろんな話ができ密度の濃い時間でした。
火葬が終わると、呼ばれて、骨壺にみんなで骨を入れました。
骨壺が小さいので全部の骨は入りきらないので、残りは散骨にするのでご了承願いますと言われました。
最初は足のほうの骨、次に頭のほうの骨、喉仏をいれ最後に頭の骨で蓋をして蓋をしました。
帰りは全員でマイクロバスに乗り葬儀場に戻りました。
葬儀場に戻り、最後のお経(中陰)が行われ、すべての日程が終わりました。
僧侶に聞かないといけない事があったので、急いで送料の控室に行きました。
少し話して、会場に戻ると、もうみんな帰って、家族だけがロビーに残っていました。
参列者に最期の会葬のお礼を言いそびれました。
火葬場で余った大量のお菓子は小学1年生の孫に持って帰ってもらったと妻より報告を受けました。
葬儀場の担当者から預っていただいてたものを受け取りました。
市役所で行なう手続き一覧と、おくやみ手続きガイドの案内、後期高齢者医療葬祭費支給申請書の用紙を渡されました。
落ち着いて、無料の自動販売機で熱いココアを飲みました。
最期に、仏壇の横の床の間の前に置いた祭壇(遺影や骨壺が置いてある)の飾りつけをしにきてくれました。
これで、すべての事が終わりました。
困ったことや分からないことがあったら、いつでも携帯電話に連絡してくださいと言われました。
すべてにおいて満足できる葬儀でした。
一休さんの米永葬祭にお願いして良かったと思いました。
夜に、明日から始まる諸手続きの確認をしました。
母親の通帳の入金の確認をすると、厚生年金とコウキコウレイコウガクリというのがありました。
厚生年金関係の手続きは年金事務所で行う必要があります。
コウキコウレイコウガクリというのは後期高齢高額療養費の事で、毎月の医療費が一定金額を超えた場合の返金です。
後期高齢者健康保険は市役所での手続きが必要になります。
後期高齢者医療被保険者証(資格確認書)、限度額適用・標準負担額減額認定証を持っていく必要があります。
出金ではかんぽ生命と県民共済がありました。
かんぽ生命は母親の生命保険、県民共済は息子の保険です。
かんぽ生命は死亡受け取りの手続き、入院の保険金の受取手続きが必要です。
県民共済は払い込み人の変更手続きが必要です。
それ以外には定期的に入出金している項目は無かったです。
とりあえずは、市役所へ保険関係の手続きと、年金事務所に厚生年金関係の手続きをしないといけません。
母親のお通夜
通夜の日の朝、母親の生前親しかった人(1人)に、母親が亡くなられたことを知らせました。
葬儀は家族葬で、限られた親族だけで行うことにしたけど、その人だけに連絡したと知らせました。
ちょうど出かけるところで、電話してくれて良かったと言ってくださいました。
ひと目、顔を見に来たいとの希望だったので、15:00過ぎに、母親の遺体を迎えに来るので、それまでは自宅にいる旨を伝えました。
開店の時間に合わせて、芝すしに笹ずしを購入しに行きました。
包装をお願いしましたが、6個入りのパック用の包装用の紙がないので包装できないと言われました。
6個入りの笹ずしを1ケースずつ渡しても食べきれないから、当初12パックで予定して、1パック増やして13パック購入しました。
でも見た感じが、みすぼらしいので5パック増やして、18人分の用意をしました。
すぐに、笹ずしを葬儀社に届けました。
交代した担当者に挨拶して、葬儀前に来場者の紹介をしたいので配慮してほしいと依頼しました。
死亡診断書のコピーと母の遺影の画像を入れたUSBメモリを受け取りました。
香典返しも受け取りました。
娘が朝から来てくれて、留守番をしてくれました。
娘から職場の人からご香典が渡されるかもしれないので、香典返しを数人分用意してほしいと言われました。
お通夜も告別式も列席者は17人の見込みになりました。
葬儀社の都合で納棺に迎えに来るのが14:30になりました。
搬送される前に家族にアルコール綿をわたされ、手の甲をふきました。
会場での納棺の際には、家族も手を添えました。
会場の祭壇は、とても美しく飾られていました。なんの不満もありませんでした。
葬儀社の人に、誰が宿泊して線香とか消えないようにしないといけないのですかと聞くと、そんことはないですよと言われました。
それで宿泊はしないでおく事にした。
棺桶には着物と帯と帯どめを入れてもらいました。
納棺が終わって一度、家に戻りました。
会場のトイレの近くには飲み物の無料販売機が置かれていました。
母親の生前親しかった人は都合で納棺時までに来ることができなくて、その後に電話があって、お通夜に列席していただくことになった。
もともと葬儀は母方の親戚と、その人だけを呼ぶことにしていたのですが、親族だけの葬儀に1人だけ知人が列席するのは居心地悪いかなと思っていたので、連絡だけして葬儀への列席は要請しなかったのです。
最終的にお通夜の列席者は18人の予定になりました。
お通夜が18:00と早めだったのでパンを1個食べて行きました。
父親の葬儀の時には1時間以上も前から列席者がおいでていたので1時間前より早く行くつもりをしてたのだけど、家族の準備が遅くなって、すでに母方の親戚が全員集まっていました。
遅刻です。
葬儀場に隣接して8人掛けのテーブルが置かれた部屋があったので、早くおいでた親戚の人たちも、リラックスして話をされていて良かったです。
いろいろな話をしていたのですが、生前着ていた服や着物などを親戚の人達に貰っていただくことにしました。
前に自分が撮って遺影として使うと母と決めてた写真は、とても評判が良かったです。
遺影はデジタルで、会場に複数表示されていました。
お通夜が始まる前に、列席者全員の紹介をしたことにより、知らない人同士が話ができて、なごやかなお通夜になりました。
最初に、紹介する場をもうけたいと言った時に、葬儀社の人がちょっとびっくりしていたけど、絶対に良かったと思います。
通夜は1時間で終了しました。
受付は設置しなかったのですが、香典は直接渡す人もいたし、祭壇の横の電報などを置く台に置いていく人もいました。
母方の親戚の人は、みなさんで相談したようで、全世帯が香典5万円でした。
その他に、親戚の方の娘さんや息子さんの香典も置かれていました。
通夜の列席者は予定通り18人でした。
喪主なのに撮影もして、弁当も配って、列席者の紹介もして、愛想よくして、喪主らしくないふるまいだったかもいれないけど、良い通夜になったから良かったです。
帰るときに、葬儀社の方から、自分でよければ、電報の読み上げはしますよと言ってくれたのでお願いすることにしました。
明日は骨壺を購入したり飲み物を購入したりしないといけないので2万円ほど持ってきてくださいと言われた。
葬儀社の担当の人から用事があれば夜中でもよいので携帯電話に連絡してくださいと言われました。
通夜が終わって、ほどなく家に帰りました。
夕食は、帰りに配った笹寿司を食べました。 6個入りは、1人分としては多いかなと思ってたけど、ちょうど良い量でした。昔から比べると1個の大きさが随分小さくなっていました。
久しぶりに食べた笹寿司は美味しかったし、笹寿司にして良かったと思いました。
香典の記載や、使った金額の記載をしました。
香典の記載の時に、認知症が入った伯母(母親の兄の妻)から前日に香典を5万円、通夜当日も香典5万円を受け取っている事がわかり、叔父(母の弟)に電話して相談しました。
その人から香典1通を返却していただくことにしました。
告別式での挨拶の内容も決めました。
覚えられないので原稿をつくって読むことにしました。
いろいろ決めないといけない事も多かったのだけれど、冷静に対応できていると思っていたけど、スマートフォンの充電は忘れるし、携帯電話を忘れて出かけたり、精神状態が通常では無いことを認識させらた一日でした。
久しぶりのお通夜
新型コロナウィルスの感染拡大以来、通常の葬儀が少なくなって、お通夜に出席する事もずいぶん減りました。
お世話になっている方の母親が亡くなられて、数年ぶりにお通夜に出席しました。
お世話になっている人は、社会的地位も高く、交際範囲も広く、輝かしい経歴のある人だったのですが、亡くなった母親が101歳だったこともあるのか、随分少ない出席者でした。
りっぱな花籠は、たくさん並んでいました。
焼香を済ませて帰る人が多かったことも原因なのだとは思うけど、不思議な感じがしました。
最近のお通夜って、みんな、こんな感じなのかなあ?
最初に焼香を済ませたのですが、焼香の場所から故人の顔が見えたのも珍しかったです。
お化粧もしてあり、101歳とは思えない若さに見えました。
浄土宗の葬儀でした。
金沢にも小さなお葬式ホール
小さなお葬式ホールの広告チラシが入っていました。
金沢市神宮寺ホールと金沢長土塀ホールができたそうです。
小さいお別れ葬(通夜と告別式は無くて火葬のみ)が129000円(税別)
小さな火葬式(通夜と告別式は無くて火葬のみ 簡素な祭壇あり)が169000円(税別)
小さな一日葬(通夜は無くて、告別式と火葬のみ 控えめな祭壇あり)309000円(税別)
小さな家族葬(通夜、告別式、火葬あり 控えめな祭壇と花籠2つあり)409000円(税別)
小さな一般葬(通夜、告別式、火葬あり 控えめな祭壇と花籠4つあり)609000円(税別)
親族控室は設置されているそうで365日24時間受付可能とのことです。
事前申し込みで早割もあるそうです。
永代納骨堂 本光寺会館
2020年9月18日
永代納骨堂 本光寺会館のちらし広告が入っていました。
金沢市駅西本町にあります。
寄付金や年間管理料は掛からないとのことです。
収骨志納金等が必要とのことですが金額は掲載されていませんでした。
ネットで調べるとホームページが存在していました。
本光寺会館に収骨の収骨志納金等の金額は掲載されていませんでしたが、墓地の土地代金の約半額の金額のみで収骨できますということなので、20万円から50万円といったところでしょうか?
門徒(檀家)でなくても浄土真宗の方なら誰でも利用できるようです。
本堂で葬儀もできるとのことです。
本堂の御本尊の御前にて行うので祭壇は使用しなくて祭壇費用はかからないそうです。(役所への申請、棺、寝台車等は別途必要。)
宿泊施設が設置されていて、宿泊料金はかからないそうです。
ただし、収骨に来られた方、そのご親戚の方、当寺門徒(檀家)の方限定だそうです。
つまり、当寺門徒(檀家)の人でなければ、お参りの時に宿泊する事はできないという事です。
本光寺では正信偈を無料で配布しているそうです。
お墓を建てた時の跡継ぎの負担(通常の管理の他に墓じまいには大変な労力と費用がかかる)など考えると、こういう施設はありがたいと思います。
ただ、建物自体は古いので、いつまで永代納骨堂を運営できるのかというリスクはあります。
東本願寺に分骨しても、どうせ廃棄されてしまうので、それほど気にする事でもないのかもしれません。
2021年4月10日
本光寺では、葬儀で祭壇費用がかからないそうです。
本光寺寺葬は、会場費が2万円から3万円、法名、斎場勤行をしても追加料金5千円で済むそうです。
枕お経から中陰勤行迄しても、本光寺では8万2千円と会場費3万円で112000円とのことです。
永代納骨堂についてですが、会館の志納金が現在一壺20〜50万円と永代勤行布施10万円、一軒の家で壺が沢山ある場合は一括申請と言う形を取って5壺でも永代勤行布施10万円との事です。
親戚の家族葬
2020年9月6日
夜に、母親の妹さんから電話があって、母親の妹さんの夫が亡くなられたということでした。
母親は寝ていたのですが、起こして電話を取り次ぎました。
母親の妹さんにとって、母親は一番親しい親戚なのです。
母親の妹さん側の親戚では、母親にだけ連絡したようです。
母親の妹さんの夫は、随分前から病気療養中でした。
2020年9月7日
朝、こういう場面でとりまとめてくれる親戚に電話をしました。
後ほど、その親戚から、葬儀は家族葬で行われ、今日 通夜があり、明日に葬式があるということでした。
亡くなった翌日にお通夜ができるのは家族葬ならではだと思います。
病院から、直接葬儀場に搬送されたので、午前中に顔を出してきました。
その折に、香典を渡しました。金額は他の親戚と相談し、親戚として通常の金額(5万円)でした。
葬儀場は、通常の葬儀場に隣接して、こじんまりとした建物があり、内部に30人ほどが入れる小さな葬儀場と親族控室があるだけの施設でした。葬儀社は米永でした。
通常でしたら花籠の依頼をするような関係の親戚だったのですが、家族葬という事なので、花籠の依頼はしませんでした。
お通夜は19:00からだったのですが、ほとんどちょうどの時間に着いたのですが、すでに読経が始まっていました。受付は無かったようです。
葬儀場は、シンプルな祭壇と、ごく近しい親戚による花籠が4個飾られていました。遺影はモニターにデジタル表示されていました。
僧侶は1人で、阿弥陀経と正信偈が読まれ、お通夜が終わりましたという事と明日の葬儀の時間のアナウンスがありました。
そのまま、誰も席を立たないので、しばらくして喪主が挨拶しました。
新型コロナのこともあり火葬場へは故人の兄弟とごく親しい人だけで行いたいの発言がありました。
その後も、誰も立ち上がる様子が無かったので、改めて「どうもありがとうございました」と発言があり、やっとぼつぼつと帰る人がでてくるという感じでした。
30分ですべてが終わりました。
参列者は終わった時間に訪れた人を含めて26人でした。
2020年9月8日
今日の告別式は、少し早めに行きました。
やっぱり受付は無かったです。
参列者は、香典を喪主に直接渡しているようです。
香典返しは、時間前に、喪主から渡されました。
参列者は通夜より多く30人でした。
読経と焼香があり、喪主の挨拶がありました。
その後、お別れの儀式で、花籠の花を抜いて、棺桶に入れました。
その後、火葬場への見送りでした。
火葬場へは各自の自動車で向かい、霊柩車も無くて、搬送用の自動車で棺桶が運ばれました。
1時間で終わりました。
ちなみに、新聞のお悔やみ欄にも掲載されていませんでした。
結局、これって家族葬では無かったのではと思います。新聞のお悔やみ欄に掲載しない簡素化した一般葬儀なのではないかと思います。
激安葬儀でトラブル続出
日刊SPA!の記事で激安葬儀の実態が掲載されていました。
激安葬儀業者が葬儀を請け負った場合、自分で葬儀するわけではなく、下請けの業者に委託するようです。
その場合、激安葬儀業者が支払額の3~4割を手数料として中抜きするとのことです。
激安葬儀の価格 18万8000円
※激安葬儀の価格「18万8000円」から、激安葬儀費用「7万円」と激安葬儀業者の中抜き金額「7万円」を引くと4万8000円となる
下請けの葬儀社の激安葬儀による利益 4万8000円
◆「通常の葬儀」と「激安葬儀」見積もり費用の比較
<通常の葬儀費用>
寝台車(安置所へ) 3万円
ドライアイス 2万4000円
枕飾り 1万5000円
安置料金3日 1万5000円
棺代 8万円
役所手続き 1万5000円
寝台車(火葬場へ) 1万5000円
火葬料 2万5000円
骨壺 1万2000円
花 5万円
スタッフ 5万円
白木位牌 5000円
合計 33万6000円
<激安葬儀費用>
寝台車(安置所へ) 0円
ドライアイス 1万2000円
枕飾り 1万円
安置料金3日 0円
棺代 1万3000円
役所手続き 0円
寝台車(火葬場へ) 0円
火葬料 2万5000円
骨壺 5000円
花 3000円
スタッフ 0円
白木位牌 2000円
合計 7万円
結果的に、遺体はエンバーミング(死体防腐処理)が無しになったり、病院で7時間も待たされたり、温かみの無い葬儀になってしまったりするとのことです。
友人の家族葬
先日、親しい友人が亡くなられました。
亡くなられる前から闘病していたので何度かお見舞いも行ってきました。亡くなられる事を自覚していたので、いろいろ準備もしていたようです。
葬儀はしないし、新聞の死亡欄にも掲載しなくて静かに消えたいと話していました。
友人の家族とも付き合いがあったのですが、友人の家族も自分も、まだ先の事だと思っていました。
ところが、突然、友人の家族から、友人が亡くなられたと電話がありました。
通夜は自宅で行い、親戚とごく親しい人だけに連絡しているという事でした。通夜は17:00からで駐車場が足りないのでご迷惑をおかけするかもしれないということでした。
友人の家は、職場と一緒になっていて、ダイニングもあるんです。友人の希望により自宅で葬儀をすることにしたそうです。
その時は、頭の中がボーっとしてたので、気が付かなかったのですが、ひょっとして午後7時と聞き間違えたのかなと不安になってきました。新聞にも出ないし、葬儀場に問い合わせする事もできないので、仕方なく友人の所に電話で確認しました。2時間間違えると大変です。
近くの駐車場に自動車を停めました。あまり早く行って気を使わせるのも拙いと思い、10分前に着くようにしました。
友人の家に行くと、かなり多くの人が集まっていて、びっくりしました。近所の人も気づいて出席して下さったようです。受付もなく、入ったらすぐに、友人の家族に迎えられて着席しました。取り急いで香典を渡しました。
通夜前にご焼香する人はいなかったようです。
葬儀は葬儀社に頼んだということでしたが家族葬なので司会もいません。
定刻の17:00にお経が始まりました。30分ほどでお経が終わって家族の挨拶がありました。
出席者のほとんどは、ちょっと戸惑った感じで、帰ることなく待っていました。
どうすれば良いのか迷いましたが、気を使わさせるのもなんだと思い、すぐに帰る事にしました。
翌日、友人の家族から、出席のお礼の電話があって、自分の隣に座っていた人が、友人と自分の共通の知人だった事を知らされました。その人とは30年ほど会っていなかったのですが年賀状のやりとりは続けていたのです。気づいていれば話をしたかったなあと残念に思いました。
でも、通夜の時に周りの人の顔をじろじろ見る事なんてできないですよね。
その翌日に、その知人に電話しました。その知人は、ひょっとしたらと思っていたのだそうです。
日を改めて、会いましょうという事で電話を切りました。
しばらく日が過ぎて、友人の家族が、自分の不在時に、香典返しを持って挨拶に来られました。却って気を使わせてしまったのかなあと思いました。
今日、用事があったので、友人の家に寄りました。
通夜の後に、通夜振る舞いがあって散会したのは20:00頃だったようです。