七尾城山(七尾城跡) |
七尾中心街から自動車で15分程度坂道を上っていくと七尾城跡や七尾城山展望台があります。
七尾って昔は、物凄く栄えていて、日本でも有数の町だったそうです。それだけ栄えたのは、食物が豊かで、京都市にも、食物を運んでいたそうです。室町時代には将軍の3大役人府中守護である畠山氏が応仁の乱で、京都から守護を務めていた能登へ移り、守りのために築城したものが七尾城だということでした。上杉謙信などが攻略を企てるものの攻めきれず、最終的には上杉謙信が、畠山家の内乱を引き起こすことによって攻略したということです。畠山家さえ一致団結してれば、攻略されることは無かったであろうということでした。それほど良く出来たお城だったようです。 その後、織田信長から能登一国を与えられた前田利家が七尾城に入城するものの、七尾城が山の上にあるということで、住みにくいために、小丸山城を築城して移住したそうです。このまま七尾城を残しておいて、七尾城が敵に占領され拠点として使われたら困るということで、全部壊してしまったということです。石垣は残したのですが、石垣は近くにあった石を平積みにして造ったもので壊れやすく何度も修復したそうです。それでも、ここまで残ってきたのは、七尾が地震などの震災に合わなかったからだということでした。 七尾城山展望台は老朽化しているうえ、樹木で見通しが良くなかったです。展望は七尾城跡のほうが良いです。七尾城跡から多根ダムや湖畔公園コロサやコロサスキー場へ自動車で行けますが、道が判りにくく狭いです。最初、道を間違えて氷見側へ抜けてしまいました。2回目は、なんとかたどり着きましたが、どうも通行止めなのを無理やり通ってしまったようです。あの辺りの交通標識は大変不親切に感じました。 2007年10月31日七尾城跡から石動山大宮坊間の林道城石線が開通しました。約10km15分間で通れます。 石川県七尾市古屋敷町 七尾城跡の場所はこちら |
七尾城跡の駐車場横の公園 | 七尾城跡の駐車場横の公園 | 七尾城跡入口 |
七尾城調度丸跡 | 七尾城本丸石垣 | 七尾城本丸跡へ |
七尾城本丸跡 | 城山神社 | 城山神社 |
城山神社 | 城山神社 | 七尾城跡散策路 |
七尾城跡散策路 | 九尺石 | 七尾城の二の丸跡 |
七尾城の二の丸跡 | 七尾城跡散策路 | 七尾城跡散策路 |
安寧寺跡 | 安寧寺跡 | 七尾城の樋の水(地震で枯れました) |
七尾城跡散策路 | 七尾城跡散策路 | 七尾城調度丸跡 |
七尾城址近郊の施設 | ||
七尾城山展望台 | 多根ダム | 多根ダム |
湖畔公園コロサ | 湖畔公園コロサ | 湖畔公園コロサ |
湖畔公園コロサ | 湖畔公園コロサ | コロサスキー場 |
晩秋の七尾城址に登る | ||
石川県自然解説員研究会主催の「晩秋の七尾城址に登る」に参加しました。葛の葉が3つに分かれているのは太陽に向かって陽の光を集めやすくするためで、あまりに陽が強すぎると完全に上向きになって光を遮るんだということなど教えてくれました。途中で木の実を食べたり、ムカゴを生で食べたり、噛むと辛い草も体験しました。 二の丸ではカエデの葉を集めるゲーム、本丸では宝探しゲームもしました。途中見える展望はとても美しかったです。本丸では七尾城の専門家の話も聞けたし、駐車場ではボランティアによる七尾城の歴史も聞けました。 七尾城へは何度も行ったことがあるのですが、七尾城の歴史は何ひとつ知らなかったので、話を聞いてびっくりしました。 | ||
イボクサ | イヌガラシ | ヒメジソ |
ヒメジョオン | キツネノマゴ | ナンバンカラムシ |
ノブキ | ノブキ | マムシグサ |
ゲンノショウコ | ヒメヤブラン | ボントクタデ |
ハナタデ | オチャノハナ | ツリフネソウ |
ジャクエツアザミ | キツリフネ | イチリョウ |
キンモクセイ | ヤブミョウガ | フユイチゴ |
ヒトツボクロ | ミゾソバ | フシグロ |
センニンソウ | 2色のツユクサ | マユミ |
シロヨメナ | オオハナワラビ | オオカニコオモリ |
チジミザサ | ホタルブクロ | キンミズヒキ |
キンポウゲ | ミヤマムグラ | トキワハゼ |
ケキツネノボタン | シシウド | ハルタデ |